スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

知識偏重の再構築(理想論)

 学校教育における「教育」とはいったい何か。子どもに学問を教授しながら、社会構成員としての自覚を促し、自立して社会に貢献できる人材の養成か。
 もしそうならば、社会に貢献できる人材とはいかなる者をいうのか。企業に就職し、能力を発揮して、日本経済の発展に寄与するような人か。日本がどのような人材を育てようとしているのかは、学習指導要領の示すところであるが、「生きる力」という漠然としたフレーズを掲げ、現場の学校教育では依然として知識偏重型の授業を行っているというのはどういうことか。
 そもそも、教師が指示し、生徒がそれに従うという、命令型の教育スタイルはもはや現状の社会にはそぐわないのではないかと思う。
 グローバル化はもはや否定しがたい事実であるし、国際社会において日本が発言力を持つためには、政治家のみならず、国民一人ひとりが考え、議論する時間と場が必要である。
 そのためには、小学校→中学校→高校→大学→就職といった、既存の習慣化された社会システムを再構築する必要がある。
 小学校→中学校における義務教育こそが、国民皆学と無償という国民が唯一機会の均等を保障された教育の場であるから(現在では公立高校もあるが)、そこを受験勉強に目的を絞った知識習得一辺倒の教育ではなく、議論し、教師と生徒が共に学んで行く場になるべきである。
 専門的な教科の勉強は高校以降で十分である。もっと言えば、高校と大学教育を連動させることで、大学教育との格差を是正できることにもつながるし、それに伴って高校のカリキュラムも大学の教養課程に沿ったものに改善し、今勉強していることが大学でも役立つという構造が生まれてくる。
 
 

 具体的にどれをどのようにしていくかは、行政や発達心理、社会学や統計といったあらゆる分野の知識が必要になってくる。しかし、今の日本には専門家はいても、それらを折衷する調整役=ゼネラリストがいないため、人材をうまく活用できていない状況があるように思う。
 そして、そのような調整役になるべきなのは専ら有権者である。そして、勉強しない有権者を生み出したのも教育のひとつの罪である。
     以上、岩波書店「教育をどうする」を読みながら考えたことである。
 

                             勉強し、考え、行動しろ。
 
 
 
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

じゃあ、この中高一貫の流れには
どう言うことができるのかな?

大切なのは理論とか机上の空論じゃない。

ならば自分が何が出来るか、
自分はどう動くか、
それを実現していくことでしょ。

10代後半~20代前半って、
自分を解説者にしたくなるんだよね。
フリーエリア
FC2カウンター
最新記事
プロフィール
メール:ogi.meiji.love@gmail.com   広告主募集中です。

ogi

Author:ogi
FC2ブログへようこそ!

月別アーカイブ
カテゴリ
FC2ブログランキング

FC2Blog Ranking

広告
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。