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大衆原理とメリトクラシー

内田樹、「知に働けば蔵が建つ」(文春文庫)を半分くらい読了。氏の書は「寝ながら学べる構造主義」を以前に読んで、現代思想の基礎的な部分を多く学ばせてもらった。

それから数冊の現代思想の書籍を読み漁り、代表的な思想家の思想がある程度理解できるようになってきた。以下、筆者の意見を参考にしながら、私見を交えて現代社会における若者問題について論じてみたい。

本書は、そんな現代思想を下地にしながら、”現代社会”を読み解いている。

最も面白かったのは、オルテガという思想家を引用しながら、大衆社会についての見解を述べたところだ。

すなわち、個人が自己の単独性を引き受けることを拒絶する社会であるという。

大衆化された社会においての各個人は、マジョリティに身を任せることが常に最善の選択であり、自己の単独性=個性をいちいち勘案し、社会へコミットするよりも、すでに大衆に存在する共通価値基準に乗っかっていったほうが楽であるということだ。

学ばない若者が増えていることについての原因のひとつは、社会のマジョリティが”勉強ができる方が社会的に成功する”という価値から、”勉強できなくても成功する”という価値基準へとシフトしたからではないかと考える。

そして、若者たちは学びから降り、勉強以外に自分には何か特別な能力があるはずだ。労働にかまけて自分の才能を開花させる時期をつぶしてしまうのはもったいないという理由でフリーターやニートになるもの達が生まれるのである。

とはいっても、そのような論理は実際は真ではないと思う。ここで、メリトクラシーというのが重要になってくる。

メリトクラシーとはすなわち実力主義、能力主義のことである。「努力すれば成功する」といううたい文句はいつの時代にも若者、専ら十代~二十代前半に対して呼びかけられてきた。

しかし、現実社会においては、努力して成功する人はほんの一握りの人であり、おそらく90%の人は目標に対しての努力が叶わなかった人になるであろう。

終身雇用がほぼ崩壊し、雇用が流動化する中で、どんどん社会がメリトクラシー化していく中で、いわば建前的には努力すれば成功する、何でも夢が叶うといいながらも、実際には厳しいヒエラルキーの中で、努力が実を結ぶことは難しい。

でも、そんなこと若者達はとうの昔に気づいている(と思う)。僕自身だって、そんなメリトクラシー社会を信じて日々生きているつもりだ。というか、それを信じなければ希望もへったくりもないからね。

じゃあ、このメリトクラシーにうまく乗っかっていくにはどうしたらいいのか?

今の日本の社会構造上、いい大学にいって、就職活動をして、とりあえず企業に入るという道がもっとも大衆の価値に合致する方法である。これしかない。

そこに乗っかれなかった人は、大衆の価値観に同化し、自己の探求と能力の発見に無尽蔵の時間を費やすことになってしまうのである。

システムに乗っかれる人は勝ち組、乗っかれない人は負け組み、そんな日本社会の危険性を改めて再認識した。
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